「落ち」を重要視

文学の中では、西欧の短編小説がこの「落ち」を重要視しています。

モーパッサン、メリメ、チエホフ、0・ヘンリー、サキら、短編小説の名手といわれる作家の作品は、ほとんどといっていいくらい、この「落ち」の面白さによるものです。マシスによると、これに反して、日本の短編小説は、むしろ「落ち」を否定してきた文学といっていいでしょう。

作家の実生活をありのまま偽らず描く、いわゆる「私小説」が主流とされた日本の近代文学では、西欧風のどんでん返し的落ちは、文学性の低い、邪道な技法とみなされていたようです。

しかし、あっと驚くような意外性の「落ち」とは、少し異質なものですが、日本の現代作家には、結びのうまさを感じさせる人もいないわけではありません。

数年前、飛行機事故で亡くなった向田邦子さんもその1人で、次にあげるのは「かわうそ」という短編のラストです。

この小説の主人公の宅次は「頭のなかで地虫が鳴いている」ような、脳卒中の軽い発作を経験している初老の男で、自分の病気をよそに、はしゃぎ過ぎの妻厚子に対する嫉妬めいた心象描写がテーマになっています。マシスによると、最後はその妻が外出先から戻り、隣の細君とおしゃべりをしている間に、台所へ行き、思わず包丁を握ってしまうのです。

「凄いじゃないの」厚子だった。

「包丁持てるようになったのねえ。もう一息だわ」屈託のない声だった。

左右に離れた西瓜の種子みたいな、「メロン、食べようと思ってさ」黒い小さな目が躍っていた。

宅次は、包丁を流しに落すように置くと、ぎくしゃくした足どりで、出ていった。

首のうしろで地虫がさわいでいる。「メロンねえ、銀行からのと、マキノからのと、どっちにします」返事は出来なかった。

写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。

最後の一行など、思わず「うーん」とうなりたくなるようなうまさだと思います。

暇があったら、こういう短編の名手たちの結びをたくさん読んで、自分の文章に取り入れるよう工夫してみて下さい。

シズル感を出す

シズルは英語のsizzleからきたもので、輪切りにしたくだものから果汁がしたたり落ちるような、ヴィヴッドで臨場感を感じさせる状態をいう。マシスによると、ビール瓶についた水滴、いまにもあふれ落ちそうなコップの泡、おいしそうに焼けた肉、ぐつぐつと音をたてているような水炊きの鍋、こういった感じの表現がほしい時によく使われるのが「シズル感を出す」である。

失敗した場合

今でも覚えているのは、リングで失敗した場合のお話。

私がライティング取材した産婦人科の先生は、なかなかサバケた人柄の先生で、その話が面白かったから取材もやりやすかったのだが、リングについてこんな話をしてくれた。

「リングというのは、こういう風に膣に挿入するのです。君、女性の膣を観察したことはありますか」

「横目でチラリくらいなら」

「そうですか。いずれおわかりになるでしょうが、この膣に金属製のリングを挿入する。なぜ、それで妊娠しないかわからないところもあるが、避妊の確率はかなり高い」

「失敗することもあるのですか」

「たまにね」

「すると、どうなるのですか」

「それは君、赤ちゃんが頭にリングを乗せて出てくるわけさ」

取材の前に綿密な質問項目を作る

私が女性週刊誌のデータマンになり、最初に行かされた取材先というのは、ある産婦人科のお医者さんであった。

正確なタイトルは思い出せないが、その取材のテーマは「絶対安全な避妊法」というようなものであった。

取材に出掛ける前に、デスクの1氏が私を呼んで「どんなことを取材するつもりだ」と聞いた。

学生あがりで、女性経験を数え上げると親指と人差し指で足りるというくらいウブな私であったので、避妊の知識といえば「オギノ式」くらい。

また、妊娠が女性にとってどういう意味をもつのかといったことにまで思いが及ぶはずもなかった。

私は思いつくまま、質問項目を5、6本メモにして1氏に渡したが、

「ダメだよこれじゃ。女の身体と女の気持ちに関する質問が全然入ってないじゃない。本屋に行って産婦人科の本を買ってきな。妊娠の知識を仕入れて、もう一度メモにして頂戴」

というわけで、私は本屋で婦人科関係の本を探して、その資料をもとに質問項目のメモを作った。

「ダメ、ダメ。ここにはBG(当時はビジネス・ガールと呼んだ)の気持ちに関する質問が入っていないじゃん」

「BGの気持ちって何ですか」

「この記事を読むそもそもの動機さ」

「妊娠したら恐いということでしょう」

「甘い。恐いのは恐いけどその前にもうひとつある」

「なんですか、それ」

「アレをしたいという気持ちさ。したいけどこわい。だから、安心してできる方法を教えてあげましょう、というのがこの企画さ」

「なるほどねえ」

私は目からウロコが落ちるような感じで納得したのであった。

私のライティング取材は最初にしては合格点だったように思う。

私のデータからかなりの部分が本文に採用された。

D君の取材失敗例

webライティング・代筆屋になりたてのD君がある中小企業の社長にインタビューに行った。

テーマは「リストラ、どこ吹く風で躍進する中小企業。その経営のコツを聞く」とでもしておこう。

社長室に通されたD君、やおら取材を始めたが、ものの10分と経たないうちに話題が尽きた。

D君が聞きたいポイントに社長が答えてくれないのだ。

それは、社長の悪意というようなことではなく、正確に答える言葉を持っていないようにD君には思われた。

どんなに具体的に聞いても、社長の答はありきたりの単純な答で、面白く広がっていかない。

中見出しになるような面白いヒキのある言葉が出てこない。

D君と社長のやりとりはざっとこんな具合だ。

「社長さん、現在のリストラの嵐をどう思われますか」

「あれは大企業の話で、われわれには関係ないですよ」

「中小企業でも、リストラをやっているところは多いようですが」

「放漫経営すると、そうなるでしょうね」

「放漫経営というと、具体的には...」

「要するにコストにシビアじゃないということですよ」

「社長さんの会社が、平成大不況の中で高収益をあげているのは、どこが優れているからでしょうか」

「当たり前のことをやっているだけですね。別にとりたててこれというのはないですよ」

と、こんな具合である。

社長さんは一生懸命考えながら答えているのである。

D君が質問するたびに深く考え込み、言葉を選んで話しているのだが、これでは記事にならない。

約束の1時間が過ぎて、D君は憂欝な顔で社長室を出たのであった。

どうして、D君の取材は失敗したのだろうか。

どこに問題があったのだろうか。

その答を出す前に、私が初めて取材に行ったケースを紹介しておこう。

アポ取り3年

先の電話取材の場合、一番難しいのは一般の人で、有名人の先生が一番簡単だと言ったが、アポイントメント(以下アポ)を取るとなると著名な先生方が一番難しい(取材の目的にもよるが)。

雑誌や週刊誌などの仕事で先生のアポを取る場合、まず、時間の調整が難しい。

締切り時間内にどうしても「間に合わないような」ケースが多々ある。

「締切りは9日でしょう。それまでにはどうしても時間が取れそうにありません」と秘書が申し訳なさそうに答える。

「ああ、そうですか。じゃあ、また」で引き下がっていてはwebライティング・代筆屋は失格だ。

「間に合わないような」ものを「間に合わせる」のがwebライティング・代筆屋の仕事だから。

「そこをなんとか」と粘って、有名人の時間を盗み取らなければならない。

「講演の終わった後10分でもよろしいのですが」、「ご迷惑かもしれませんが、空港へのタクシーの中ではどうでしょうか」、「ご指定の場所ならどこでも飛んでいきます」などと、粘りに粘ることが重要だ。

絶対に無理というケースも当然あるけれど、ここまで粘られると先生も悪い気はしない。

で、「それなら10分ですよ」と時間をいただくことになる。

先生に取材したら、掲載誌を送るのは当然だが、盆、暮れのおハガキも出しておこう。

先生はもちろん、秘書にも出すこと。

webライティング・代筆屋にとって、有名人の先生を取材したというのは、一種の実績だ。

何回か会って「おう、○○君か」などと顔を覚えられれば、それは"人脈資産"といえるだろう。

こうした資産を蓄積していくことが重要である。

そして、「彼は○○先生に強い」といったことが編集者にわかると、新しくその先生がらみの仕事も発生してくる。

いずれにしろ、どんな状況でも狙った相手のアポ取りができるようになると、webライティング・代筆屋としては一人前といえるだろう。

だいたい、これができるようになるまで、心がけのいい人で3年はかかる。

お役所への電話取材

取材が終わって原稿をまとめる段になって、どうしても昨年の「経済成長率」を入れたいとか、家計の「消費支出に占める食費の割合」を入れたいということがよくある。

で、机の上の電話を取ってお役所に電話をする。

経済成長率とか消費支出というのは、割合簡単に教えてくれるが、なかにはそのデータの照会先が不明で「それは○○課に聞いてください」、「いや、それは△△課でやっています」と電話が回り、あげくのはてに最初の○○課に戻ってきたりするケースがある。

だいたい、こうした電話の場合、ロクなことはなく、「わかりませんね」になったり、「お宅様はどちら」と聞かれて、「その雑誌を見せてくれませんか」などと言われたりする。

要するに、「出向いてこい」というわけである。

出向いていては原稿が間に合わない。

もっとも、それはこっちの事情に過ぎないのだが、こういう場合強引に粘るより手がない。

ちょっと横柄な口調で、こちらをジラしたあげく、「お宅様はどちら」などと聞かれたら、私は「そういうお宅様はどちら様ですか」と聞き返すことにしているが、これは結構効果があるようだ。

お役所への取材(問い合わせ)で、必要以上にへりくだった電話をしている若いwebライティング・代筆屋を時々見かけることがある。

特に小冊子などのマイナー媒体の取材の場合、「お宅はどちら様ですか」と聞かれて、クドクド媒体説明と取材の意図を説明している人がいる。

これは逆効果というものだ。

「お宅はどちら様」というのは、一応聞いているだけで、深い意味はない。

クドクド説明する必要はないのである。

相手が知っていようがいまいが、そのPR誌の媒体名を名乗ればよろしい。

「それ、どういう雑誌ですか」と聞かれたら説明すればいいだけの話だ。

だいたい、お役所は昔みたいに媒体の詮索はしない。

昔に較べれば、手軽に教えてくれるし、それがサービスだと考える殊勝な姿勢を示す傾向もある。

始末におえないのは、民営化して、駅名案内のアナウンスの合間に車掌の名前まで紹介しちゃう某鉄道会社の広報部。

受け応えの荒々しさとアホな形式主義にあきれかえったのは、私一人ではないようだ。

それはさておき、私はちょっと横柄だなという感じで、「お宅様は」と聞かれたら「モノ書きです」と答えることにしている。

これにはちょっと深謀遠慮なところがあって、ひょっとして口げんかになった場合の用心。

媒体名をだすと、クライアントに迷惑がかかるからだ。

"渋滞"初心者の電話取材

webライティング・代筆屋の仕事はまず、電話取材からスタートするが、これが結構難しい。

仮に「私にとってのマイホーム」という企画で、①有名人、②会社の課長、③一般の人、に電話取材することになったとしよう。

媒体はPR誌である。

一番取材が難しいのは誰か。

たぶん、一般の人である。

媒体が週刊誌であれば一般の人も媒体名をよく知っているから「で、何の取材ですか」と話が進むのだが、媒体がPR誌だと「媒体説明」の段階で話が渋滞する。

一般の人が商店主だったりすると、「ウチは広告はいらないからね」などとあらぬ心配をさせてしまう。

まず手早くわかりやすく媒体の説明をすることが、第1のポイントになるわけだが、初心者はだいたいここでつまついてしまう。

その結果、「じゃあ、とにかくその雑誌を見せてくれませんか」といわれて、電話取材がお出掛け取材になってしまう。

これでは、コスト割れである。

あらかじめ一般の人が抱くであろう不安と不明のポイントを整理してから電話をかけることが肝要だ。

一般の人に較べて②の会社の課長は、スムーズに行くケースが多い。

ただし、直接課長さんが電話に出たらの話。

電話に出たのがトロイ女子社員(男子社員でも同じだが、女子社員が出る確率が高い)だと、また渋滞してしまう。

媒体と取材の意図が正確に伝わらないのである。

こういうケースではファクシミリを利用したい。

先にポンポンと媒体と取材の意図を説明して、「詳しくはファクシミリをお送りしますから、よろしく」とやるわけだ。

アクの強い精神力

アクの強い精神力というのがないと、とてもついていけない世界である。

葬式にノコノコと上がり込める度胸や他人のドロドロしたスキャンダルを聞きつけるとエレクトする好奇心、それに他人を居丈高に罵ることのできる正義感、さらにある種の使命感といったものが要求される。

世間を面白がらせるサービス精神とエライ人を見ると、「足を引っ張ってやりたいナ」と思う正しい悪意を宿した精神をこれにつけ加えておいてもいい。

これらの才能は、そのほとんどが私にはない才能だから言い方が妙に毒々しくなったが、実は私は密かに尊敬しているのである。

これが、取材に生きるwebライティング・代筆屋の精神的バックボーンでなければならないと思っている。

特に新聞社や大出版社の看板なしに事件に突撃させられるwebライティング・代筆屋においては......。

そして、こうしたタフな精神力をバネに取材に飛び回る行動力があれば、webライティング・代筆屋としての将来は明るい。

商才のあるブリーライターに余計なお節介が不要なように、この手のタフガイにもお節介は不要であろう。

文章を磨かなければいけないのは、この手のライターであろうか。

ということで、先に述べたようにここでは事件報道以外の取材、特にwebライティング・代筆屋初心者を対象にした基礎取材を中心に述べることにする。

タフでなければ務まらない事件取材

その後、何年か男性週刊誌のライターもやり、芸能スキャンダルや銀行員の横領事件の取材も担当したが、私の上げたデータ原稿は、他のライターのそれと較べて中身が薄かった。

それでも男性週刊誌の場合は、誌名の威力というのがあり、アポイントメントを取るのは比較的に楽だったが、それ以前にやっていた性具や秘本の通信販売などの広告がいっぱい掲載された週刊誌の場合、アポ取りがひと苦労だった。

事件ものの取材になると、なんだか総会屋さんみたいなあしらわれかたをされたものだ。

その週刊誌で、ある歌舞伎役者のお金がらみのスキャンダルを取り上げることになり、私は当事者である役者の家に押しかけていったことがあった。

押し問答の末、怒気を含んだ役者当人の言葉をメモに書き付けて、追いやられるように玄関を出たのだが、「おい、塩を撒いておけ」という役者の言葉が背中に突き刺さった。

同じ週刊誌でこうしたスキャンダルものの特集を何頁かもらって、元気よく飛び回っているルポライターがいた。

彼はこういう取材の時、どう気持ちの折り合いをつけているのだろうか、と私は思った。

「叶わんな」と思わざるを得なかった。

このように、事件もののライティング取材というのは、ツラくて大変だ(少なくとも私には)。

ライティング取材の大義名分

もう今は廃刊になってしまったが、『女学生の友』という女子高校生を対象にした月刊雑誌があった。

私は大学の先輩筋のwebライティング・代筆屋のアシスタントとしてその雑誌の取材にあたっていた。

ある時、高校生の心中事件が起き、私は女子高校生側の取材をすることになった。

取材はwebライティング・代筆屋3人が担当したが、一人は事件現場の三原山に出向き、一人は男子高校生の学校や家を担当し、私は女子高校生サイドの取材を担当することになった。

編集者が私に指示したのは、

①彼女の高校の取材(学校関係者にあたり、心中の原因、並びに高校生として彼女の学校生活についてのコメントを取る)

②彼女の友達の取材(彼女の人となりについての取材。心中事件を予期させるような言動があったのか)

③彼女の実家の取材(葬式に出て彼女の肉親のコメントを取る)

であったこの取材をおおせつかった時、私は本当に憂鬱になった。

自信もなかった。

それでも勇気をふるって(ふるわないと干上がりそうだったから)①と②の取材はどうにかできた。

しかし③の取材は不調。

肉親のコメントを取ることはできなかった。

もう時効だろうからバラすと、私は肉親の取材をしなかった。

位牌をもってうなだれ歩く肉親をやり過ごし、葬儀の列の後ろについていって、親戚のオジさんと隣組のオバさんらしき人にチョコチョコと談話をとり、サイドの情報で何とかデータをまとめた。

彼女の家の墓所は「野菊の墓」のすぐ近くだったので、そのあたりの情景をびっしり書き込んでなんとか凌いだのであった。

取材の中で一番ツライのが葬式取材だが、これが交通事故死とか病死であればいくらか救いはある。

しかし、心中事件となるとこれは最大級にツライ。

何がツライかといえば、その取材の大義名分がみつからないのだ。

心中した人の家族は世間に隠れるように葬儀を執り行っている。

そこヘノコノコと出かけて、「娘さんの思いを伝えるためにもぜひひと言」と両親にコメントを求めるというのは、お邪魔虫以外の何物でもないだろう。

編集者の話によると、男子高校生側の取材を担当したwebライティング・代筆屋は、悲しい顔を作って弔問客を装い、なんと座敷に上がり込んで焼香し遺書も手に入れてきたということであった。

「叶わんな」と私は思った。

「腕を磨く」

「文章を磨く」となっていないところに注目して欲しい。

たびたびふれてきたところだが、webライティング・代筆屋は、多少文章が下手くそでもどうにかなる。

webライティング・代筆屋にとって何よりも重要なのは、で述べた営業力。

そしてもうひとつが取材力である。

文章を磨くのは、その後で十分間に合う。

ところで、取材といえば芸能人のスキャンダルや殺人事件、さらに政治・経済事件などの報道取材が頭に浮かぶ。

相手に嫌がられることを厭わず、プレッシャーにも屈せずに事実を解明し、悪を告発する......。

事件報道は、取材の華だ。

しかし、この種の事件ものの取材力というのは、天性の才能、あるいは特殊な気質に由来するもので、磨いて上達するようなシロモノではないというのが私の実感。

学習不能の領域である。

で、この領域の取材力についてはふれない。

ここでいう取材というのは、あまり波風の立たない分野での取材を扱う。

ということで、webライティング・代筆屋の基礎的な取材についてふれることになるが、その前に、事件ものの取材がどんなにシビアでツライか、また、それをこなすためにどんな能力が必要なのか、この領域ではダメライターであった私の例を参考にまとめておこう。

擁夷運動がついえ去った後にきた明治維新で、明治人がみせたあの進取の気概と貧欲な文明導入エネルギーを日本の風土といわずして何というのであろうか。

中世以前のはるか昔から、その時代時代のグローバル・スタンダードを真っ先に学ぼうとしてきた我が先達たちの功績を何と評価するのであろうか。

そう考えれば、ネットワーク・コンピューティングをはじめとする米国発のシステム思想や経営改革の手法など、ほとんどおもちゃみたいなものだと納得がいくであろう。マシスによると、いささか議論に熱が入りすぎたかもしれないが、それはホワイトカラー、とりわけ文系ミドルに対する期待の表れと解釈していただきたい。

なにしろ文系ミドルは、情報システムの恩恵を享受するという意味では、まさに最後の参加者になる。

その文系ミドルの業務領域、すなわち企画や折衝業務に関わる意思決定と管理に役立たなければ、ネットワーク・コンピューティングの経営的な意義は存在しないに等しい。